映画やマンガを中心に、好きなものだけチョイス。下手甘イラスト付きレビューです。『笑いと元気』が合い言葉。
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ダウト~あるカトリック学校で~
2009年03月12日 (木) | 編集 |
『少年愛の美学』じゃなく『少年愛の疑惑』
...なぁんて耽美なものでなく、ばりばり言葉のバトル・ロワイヤルです...(あら...)


ダウト920.jpg

大作というのではなく舞台劇に近いなと思ったら、まさしく前身は2004年ブロードウェイで上演されていた作品でした。原作の戯曲も脚本も監督も、ジョン・パトリック・シャンリィ。ちなみに、私の好きだった『月の輝く夜に』の脚本も、このシャンリィです。

ケネディ暗殺直後の不安定な時代でもあった1964年、ニューヨークのブロンクスにあるカトリック学校。規律を重んじる厳格な校長、シスター・アロイシス(メリル・ストリープ)はある『疑惑』を抱いていた。新任の教師シスター・ジェイムズ(エイミー・アダムス)からのご注進で白とも黒ともつかぬ些細な出来事なのだが、シスター・メリル(こう呼ばせてねw)は『確信』してしまう。
闊達で進歩的、生徒にも人気のあるフリン神父(フィリップ・シーモア・ホフマン)が1人の黒人少年と"不適切な関係"を持ったのではないか?と『疑惑』を『確信』に変え決めつけ、シスター・メリルは彼を追い詰めていく。


もぉ~、メリルは何をやっても上手い。
厳格でギスギスして、あまりにも正しすぎて、灰色の小さい『疑惑』も許せない鉄のシスターを演じている。んまぁ『マンマ・ミーア!』と180度違うメリルです。演技の幅、広すぎ!

迎え撃つフィリップ・シーモア・ホフマンも、負けてはいないっ。
重低音の声でたたみかけるように話すホフマン神父(こう呼ばせてねw)は、説得力がある演技です。

同性愛は犯罪だった社会背景と(ちなみに、テキサス州は2003年!にソドミー法を無効)しかもカトリック聖職者としてあってはならぬタブーでありこの背徳感は、日本人で仏教徒の私(かつBL好きw)より、キリスト教圏で欧米の人間のほうが、この状況のスリリングさと切迫感が理解出来ると思われます。しかし、それでもこの2人の競演は見ものです。

私ならフィリップ・シーモア・ホフマンを太らせたレオナルド・ディカプリオにし、相手の少年は美少年に...という罰当たりな脳内キャスティングしちゃいそうですが、そういう『バッド・エデュケーション』的話ではなく、あくまで灰色の『疑惑』を中心に2人の対決に焦点を絞ったストーリーです、はい。

なんで"黒人少年"かというと、それも必然性あり。折しも、公民権運動が盛んな頃。
彼は、カトリック学校に転校して来たただ1人の黒人生徒であり、デリケートな立ち位置にいる。大人しい素直ないい子だが、目立たなく苛めを受けており、友達はいない...。
ホフマン神父は、そんな黒人少年を気にかけ、力になってあげている存在である。


鉄壁の神への信念を貫くシスター・メリルと、開かれた学校であるべきと生徒を思うホフマン神父の闘い。シスターメリルとホフマン神父の攻防戦だけだとどこまでも平行線なのですが、黒人少年の母の登場で均衡は崩れ、より深く!多角的に心理劇を盛り上げます。
う~む、ブロードウェイの舞台で大ヒットしただけに、脚本さすがに上手いです。



ダウト921.jpg呼び出された黒人少年の母、ミラー夫人(ヴィオラ・デイヴィス)は、きちんとしたコートと帽子を身につけ、慎ましやかな女性。
こういう学校に息子を入れているのだから裕福なのだろうと思っていたら、掃除婦として家計を支えて、面談の時間もそんなに取れないくらい。すぐに職場に戻らなければいけないミラー夫人を執拗につかまえ、話をするシスター・メリル。

ミラー夫人には、シスターほど碓固とした信念も無い。
あるのは、ただただ息子の未来を心配する心と息子への愛。


ミラー夫人が語る言葉...最後まで聞き終えた時、驚きました!なるほど!
そして、一番、私が共感してしまったのも、ミラー夫人の慟哭の言葉です。
この母が語るところは、映画の肝です。


しかも、この後、ふと、私は...えっ、やっぱり少年と神父の不適切な関係はあったのでは?と考えてしまいました...。

原作者で監督でもあるシャンリィは、TVで激論を闘わす政治家達を見たのが、この戯曲を書くきっかけだったとか。『何が本当で嘘なのか?確信に凝り固まっていくと疑惑が生まれる。人は何事にも確信などもてない事を描きたかった』と。

映画としては、メリル鬼校長の迫真の演技があり、冒頭からもう~十分に息が詰まりますし(苦笑)エンタメ的に言うとスゴ~く面白いわけではありませんが...。

どこを楽しむかと言うと...メリルとホフマンの演技の応酬は見応えがあり、2人の言葉のバトルに知的興奮を覚える人向きの映画です。
"カトリック神父の少年愛"がメインではなく、のっぴきならない状況に追い込むためのひとつの素材であり、それぞれの立場を描き『疑惑』を最後まで観客に提示し続ける...という理詰めで構築されよく練られている脚本です!


原作も舞台も映画も『フリン神父は白か黒か』はっきりさせてない。
『疑惑』は、謎のまま終わるのです。
舞台版のタイトルは『ダウトDOUBTー疑いをめぐる寓話ー』
『疑いをめぐる寓話』とは、何ともぴったしの題名です。


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